『コーヒーの湯気みたいな夜』

小説

夜のカフェで、ひとりの人が

冷めかけのコーヒーを両手で包んでいた。

うまくいかなかった一日。

言えなかった言葉。

笑顔のまま飲み込んだ、ほんとうの気持ち。

湯気が、ゆっくり立ちのぼる。

その人は気づいた。

湯気は、上にのぼりながら、

ちゃんと消えていく。

消えることは、なくなることじゃなくて、

重さを手放すことなのかもしれない、と。

カップの中身は、まだ温かい。

全部こぼれたわけじゃない。

今日の自分も、そうだ。

失敗しても、疲れても、

中身はまだ残っている。

最後の一口を飲み干したとき、

胸の奥で、小さな火がともった。

「今日は、ここまででいい」

夜は相変わらず静かだけれど。

――おしまい――

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