むかし、こころの中に小さな庭を持つ人がいました。
その庭には、やさしさの花がたくさん咲いていました。
その人は、通りかかる人に、青いコップで水を分けてあげていました。
「のどが渇いていませんか?」
そう言って、自分の庭の水をすくって、何度も何度も渡しました。
でもある日、ふと気づくと、
自分のコップは空っぽで、庭の土もカラカラでした。
それでもその人は言いました。
「まだあげられる。きっと大丈夫。」
すると、庭の奥から、年老いた木の番人が現れました。
番人はやさしく首を振って言いました。
「やさしい人ほど、自分の分を忘れてしまう。
でもね、空っぽのコップでは、誰にも水はあげられないんだよ。」
番人はその人の手に、もう一つの小さなコップを渡しました。
「これは“あなた専用”のコップ。
まずここに水を注ぎなさい。」
その人は、はじめて自分の庭の水を、
自分のコップにそっと注ぎました。
すると、不思議なことに、
庭の土がしっとりと潤い、花が少しずつ顔を上げました。
胸の奥が、あたたかくなりました。
その人は気づきました。
「私は、誰かの喉を潤すためだけに生きているんじゃない。
私自身が、うるおっていていいんだ。」
それからその人は、
コップが満ちている日だけ、分けてあげるようになりました。
空っぽの日は、毛布にくるまって、庭を眺めて休みました。
すると庭は、前よりもずっと美しく、静かに、強く育ちました。


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