町のはずれに、小さなパン屋さんがありました。
そのお店の前には、古い木のベンチがひとつ置いてありました。
ベンチは、毎朝パンの焼ける音を聴きにおいを嗅ぎながら、
通りを歩く人たちを静かに眺めていました。
ある冬の朝、雪がひらひら降るなか、
赤いマフラーをした子どもがベンチに座りました。
しばらくすると、犬の散歩をしているおばあさんも座りました。
次に、重たいかばんを持った配達のお兄さんもやってきました。
三人は、知らない同士でした。
でも誰も話さず、ただパンのにおいを吸い込みながら、
同じ空を見ていました。
パン屋さんのドアが開いて、
あたたかい湯気と一緒に、焼きたての丸パンが出てきました。
店主さんは、ベンチのそばに小さなかごを置いて言いました。
「今日は、ベンチに座ってる人は一つずつどうぞ。」
三人は顔を見合わせて、少し照れながら、
「ありがとう」と言ってパンを受け取りました。
子どもは半分に割って犬にあげました。
おばあさんは手袋を外して、ゆっくり食べました。
配達のお兄さんは、湯気に顔を近づけて深呼吸しました。
誰も特別な話はしませんでした。
でもベンチのまわりには、
ふわっとあたたかい空気が集まっていました。
雪は静かに降り続けて、
パンのにおいと一緒に、町を包みました。
その日、ベンチは思いました。
「世界は、こういう小さなあたたかさでできている。」



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