『ひとり旅、夜十一時のキッチン』

小さなアパルトマンのキッチンは、

スーツケースを開くと急に生活になる。

私はスーパーで買った

チーズとトマトと安いワインを並べた。

観光はもう終わり。

今日は、誰にも会わない夜。

フライパンにオリーブオイルを垂らす音が、

思ったより大きく響く。

ひとり旅は、

自由だけど、ちょっと寂しい。

でも、その寂しさは、

人に埋めてもらう種類じゃなくて、

自分で抱えて歩くタイプのやつだ。

私は簡単なパスタを作って、

窓を少し開けた。

遠くでサイレン。

下の階の笑い声。

知らない生活の音。

フォークを口に運びながら、

ふと思った。

誰の期待も背負っていない夜は、

こんなに軽い。

私は写真も撮らず、

SNSにも上げず、

ただ食べた。

ワインを少し残して、

ベッドに腰を下ろす。

「明日も、特別なことはしない」

それが、最高の予定だった。

――おしまい――

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