― 機能不全家族・感情抑圧・「語る権利」を奪われた子ども ―
🟦 機能不全家族で育つということは「沈黙を強いられること」
私の父親は、正直に言ってしまえば幼児のような人だった。
怒りっぽく、感情を調整できず、会話が成立しない。
今なら「発達特性があるのでは」と思うけれど、本人に自覚はない。
そして問題は父親だけではなかった。
母親が、私に父親への本音を言わせなかった。
事実を淡々と伝えたいだけでも、
「それを言うと私が悲しい」
「波風を立てないで」
そんな理由で止められ続けた。
🟦 「感情を話すこと」は子どもの権利だったはずなのに
今ならはっきり言える。
私の感情を、父親に伝えることは
子どもとして、人としての正当な権利だった。
それを45歳になるまで、
一度もきちんと行使させてもらえなかった。
📌 これは「家族思い」でも「優しさ」でもない
📌 感情表現を封じる構造的な抑圧だった
🟦 家の中は「常に危険地帯」だった
私の家庭は、いつも誰かが不機嫌だった。
- 父親は怒りっぽい
- 母親も姉達もはそれを刺激しないよう沈黙を選ぶ
- 私は空気を読み、音を立てず、感情を消す
父と母が喧嘩をすると、私は本気で思っていた。
「父が母を殺すかもしれない」
📌 子どもにとって
📌 安心できない家庭=慢性的な恐怖環境
これは後年、
不安障害・うつ・愛着の問題に直結する土壌になる。
🟦 高校卒業と同時に家を出て、初めて安全になった
高校卒業と同時に実家を出た。
それは「自立」ではなく、避難だった。
- 危険な家から物理的に離れる
- 怒鳴り声のない空間に身を置く
- 誰かの機嫌を監視しなくていい生活
📌 このとき初めて
📌 神経が休まる感覚を知った
🟦 母は「考えることをやめた」
母は父のことが好きだった。
そして、もう傷つきたくなかった。
だから
- 問題を直視しない
- 娘の感情より家庭の安定を優先する
- 「なかったこと」にする
📌 これは母を責める話ではない
📌 サバイバルとしての選択だったと思う
でもその代償を引き受けたのは、子どもの私だった。
🟦 なぜ私は大人になって鬱を繰り返すのか
ここ!
📌 鬱は「弱さ」ではなく
📌 長年抑圧された感情の結果だった
🟦 今、私が思うこと
私は今でも思っている。
私の心を守るためには
父親に本音を伝える行為が必要だった
それは復讐でも攻撃でもなく、
自分の人生を取り戻すための行為だった。
言えなかったことが
私の成長過程と、繰り返す鬱に
無関係なわけがない。
🟦 同じような家庭で育った人へ
もしあなたが、
- 親の機嫌を最優先にして育った
- 本音を言うと止められた
- 家が安心できる場所ではなかった
なら、あなたのしんどさは正当です。
📌 あなたが壊れたのではない
📌 壊れないために黙ってきただけ
🟦 まとめ:語れなかった人生を、これから語っていく
- 感情を話すことは権利
- 沈黙は美徳ではない
- 抑圧は、後で心に出る
- 気づいた今から、取り戻せる
私は今、
「言えなかった人生」を
言葉にし直している途中だ。
それは遅すぎない。
むしろ、今だからできる。
自分の苦しみを解放できるのは自分だけだから。



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