湯気の立つ器を前にすると、彼女はいつも一呼吸おく。
辛いとわかっているスープほど、慎重になる癖がついた。
赤い油が表面に浮き、唐辛子の匂いが鼻の奥を刺激する。
それでも匙を沈めるのは、怖いからではない。
この一杯が、今日の自分を確かめる手段だからだ。
一口目は、必ず思ったより辛い。
舌が驚き、喉が熱を帯び、目の奥がじんとする。
体が拒否するようでいて、同時に目を覚ます。
若い頃は、辛さを我慢することが強さだと思っていた。
平気な顔で飲み干すこと、
「大丈夫」と言えることが大人だと。
今は違う。
彼女は、辛いと感じたら水を飲む。
汗が出たら、ナプキンで拭く。
無理に笑わない。
スープの底には、柔らかく煮えた野菜が沈んでいる。
時間をかけて、火にさらされたものたち。
形は少し崩れているけれど、味は深い。
辛さは、痛みとよく似ている。
一気に来て、逃げ場がなく、
でも、いつまでも続くわけじゃない。
彼女は器を両手で包む。
熱い。
それでも、ちゃんとここにある感覚がする。
飲み終えたあと、体の内側が静かに温まっている。
何かに勝ったわけでも、
何かを乗り越えた証明でもない。
ただ、
今日も自分の舌で味わって、
自分の速度で終わらせた。
テーブルの上に残るのは、
空の器と、
少し赤くなった唇だけ
そして彼女は大きく息を吐いた


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